早期の乳がんで手術を受け、10年近く経ったので「もう大丈夫だろう」と思っていたのに、肝臓などに転移や再発が見つかることがあります。

SNSなどでもよく話題になるので、不安に思いながら暮らす乳がん患者さんは多いと思います。
手術から5年~10年経って再発することを「晩期再発(ばんきさいはつ)」と呼びますが、なぜ乳がんでよくあるのでしょうか。
この記事では、乳癌の再発について私の考えをお話します。
血液中に存在するがん細胞
晩期再発の背景には、血液中で長い間生き残るがん細胞の存在が関わっていると考えられています。
遺伝子の断片や癌細胞の状態で血液中に存在していることが、リキッドバイオプシーの有用性からも分かると思います。
リキッドバイオプシー
リキッドバイオプシーとは、「リキッド(液体)」と「バイオプシー(生検)」を組み合わせた言葉です。
がんのある臓器から組織を取って検査する従来の方法とは異なり、血液や体液といった液体を採取して、その中に含まれるがん細胞やがん由来のDNA断片を解析します。
- バイオプシー(生検):がんのある臓器から一部をとって検査
- リキッドバイオプシー:血液からがん細胞を検査する新しい方法



リキッドバイオプシーについては、こちらの記事を読んでみてください。
参考:国立がん研究センター|リキッドバイオプシー活用でがんの克服目指す
血管内での生存メカニズム
血管内に取り込まれたがん細胞がどのようにして長期間生存し、再び活動を始めるのかは、いまだ完全には解明されていません。
しかし、「晩期再発」の症例が実際に存在するため、その不思議な現象が続いているのだと思われます。
乳がんは、研究の進展により細かくタイプ分類が行われています。



私は、おそらくその中に血管内で遊離細胞が長く生存しやすいタイプがあるのではないかと思っています。
類似の現象は直腸カルチノイド(神経内分泌腫瘍)などでも報告されています。
カルチノイドは比較的ゆっくり進む腫瘍で、長い間症状が出ないことがあり、そのため再発や転移が時間をおいて見つかることがあります。
どうしてそういうタイプのがんになるのか、その特徴については私自身まだはっきりとお話しできる経験はありません。
ただ、もしかすると「これが重要なのではないか」と思う要素はあります。



これは、またの機会にお話ししますね。
乳がんの晩期再発の症例
乳がんの晩期再発は、特にホルモンレセプター陽性の乳がんで多く見られます。
ホルモンレセプター陽性の乳がんは「女性ホルモンに影響されて増殖する乳がん」であり、ホルモン療法によって治療が行われるタイプのがんです。



これ、ホルモン治療のお薬がよく効いているためではないかと思わざるを得ません。
術後にホルモン治療を続けることで、体内に残っている可能性のあるがん細胞の活動が長期間にわたって抑えられます。
そのため他の臓器への転移や再発がすぐには起こらず、「時間が経ってから表に出てくる=晩期再発として現れる」のではないかという考えです。
病理医よりかが『悪性所見はありません』を書きたがらない理由
あまり知られていないかもしれませんが、転移はがんなどの悪性腫瘍だけのものではありません。
良性といわれる腫瘍でも、何年も経ってから離れた臓器に再発することがあります。
その際の腫瘍細胞は、悪性のように顔つきが変化しているわけではなく、当時のままの形で転移するのです。



実際に私は、平滑筋腫や髄膜腫でこの状態を見たことがあります。
- 平滑筋腫 子宮などの平滑筋から発生する良性腫瘍
- 髄膜腫 脳や脊髄を包む「髄膜」から発生する腫瘍
また、例えば、母斑(いわゆるほくろ)は良性の細胞が集まってできていますが、その中にわずか1個でも悪性化した細胞が含まれていれば、転移につながることがあるといわれています。
良性であっても「腫瘍性」である以上、再発や転移の可能性は否定できません。
ですから私は診断書に安易に「悪性所見はありません」とは書かないようにしています。
しかし臨床の医師からは、患者さんを安心させるためにその一言を求められることもあります。



そもそも転移することがあるなら、それは良性ではないのでは?と思われるかもしれません。
しかし実際には、転移せずに経過する場合の方が圧倒的に多いため、良性に分類されます。
一方、組織学的に悪性の特徴である周囲組織への浸潤、細胞の顔つきの異常、核分裂像の異常が見られないのに、ある程度の頻度で再発や転移を示す腫瘍があります。
こうした腫瘍は「ポテンシャルマリグナンシー」と呼ばれ、転移を起こしたら悪性の認定を受けます。
まとめ
乳がんにはなぜ晩期再発が多いのかについて、私の考えをお伝えしました。
乳がんには多くの分類がありますが、まだ解明されていない視点として、血管内で長く生き延びやすいタイプがあるのではないかと考えています。
また、ホルモン治療などの術後治療によってがん細胞の転移が長期間抑えられている可能性もあります。
ホルモン治療が有効ながんの種類は限られていますが、乳がんはその恩恵を受けられる数少ない腫瘍です。
副作用がつらいと聞くこともありますが、病理医としての立場から言えば、できる限り副作用をコントロールしながら治療を続けてほしいと思っています。