よりか先生先日、少し考えさせられる症例を診断しました。
乳がんの部分切除後、3年で局所再発した方の組織です。
病理医は、治療の結果を一番後ろから見ている仕事です。
手術を執刀した外科医とも、外来で経過を見てきた主治医とも違う目線で、組織という「答え合わせ」を見ます。
その答え合わせが、いつも予想通りとは限りません。
今回の症例について
グレードが低い乳がんが局所再発
異型度(グレード)が低い乳がんでした。
グレードが低いということは、細胞の顔つきが比較的おとなしく、増殖スピードもゆっくりです。
こういったタイプは、一般的に再発リスクが低いとされています。
それでも、再発しました。



まれなケースではありますが、局所再発ということもあり、予後は良いと思っています。
グレードが低くても再発することがある。
これは、病理医として頭に置いておかなければならない現実です。
「おとなしいがん」という言葉は、「再発しない」という意味ではないのです。
「なぜ部分切除だったのか」が気になった
局所再発という結果よりも、私が気になったのはなぜ部分切除だったのかということです。
この患者さんは、部分切除を自分で選んだのか?
それとも、主治医から「グレードが低いし、全摘しなくてもいいですよ」と勧められた結果、部分切除になったのか?
もし患者さん自身が「1回の手術で済むなら全摘の方が気持ちが楽」と思っていたのに、医師主導で部分切除になっていたとしたら…。



3年後に再発した今、「全摘にすれば良かった…」という後悔が残っていないだろうか、と思ってしまいました。
患者さんが部分切除を望んでのことであれば、これで良かったのだと思います。
でも、そうでなかったならなんだかなと感じた症例でした。
選んだ道に意味を与えるのは自分
人生の選択に正解はない
人生を歩んでいく中で、選べる道はいつもひとつです。
「あの時、違う道を選んでいたら」といくら考えても、その時に戻れるわけではありません。
人生の選択に正解も間違いもなく、あるのは、それを選んだという事実だけです。
たとえ選んだ道が失敗と思えるものだったとしても、その失敗は自分の人生に必要なことです。



私は天からのギフトだと思っています。
だから失敗を悔やむより、今後自分の人生にどう活かすかを考える方が大事です。
ある朝、私が寝坊して子どもを起こせず、朝にやろうとしていた宿題が終わらず、子どもがギャースカわめいていました。



この状況も、天からのギフト、必然なのよ。今そんなに焦っても仕方ない!
このように完全なる自分のミスを、さも人生の指南書にすり替えて話すこともあります。
がん治療の選択も同じこと
「人生に正解はない」。
これは、病理診断の現場でも日常生活でも変わりません。
がん治療の選択も、その時点でできる精一杯の判断をするしかありません。



部分切除も、全摘も、放射線も、薬も、すべて生きていくための選択肢のひとつにすぎません。
自分の状態、気持ち、医師との対話の中で選んだ道が、その人にとっての治療なのです。
結果的に再発という形になったとしても、選択が間違いだったということにはなりません。
選んだ時点では、それが精一杯の判断だったのだから。
大切なのは、結果を悔やみ続けることではなく、そこから何を考え、次にどう向き合うかです。
まとめ
「後悔しないように選ぶ」ことは大切です。
でも、人間なのだから後悔する瞬間もあるでしょう。



そこで立ち止まらず、引きずらないことです。
そのために必要なのは、間違った選択にならないよう十分な知識を持って選ぶこと。
そして、心に少しの余白を持って「この経験が自分に何を教えてくれているか」と考えることです。
どんな手術を選んでも、それがあなたの道になります。
生きている限り、細胞は動いています。
がん細胞も、正常細胞も、それぞれが懸命に生きようとしている。
だからこそ、がんを敵として捉えるのではなく、がんを通して自分の生を考えてほしいのです。
選んだ道を歩み続けた先で、自分の身体と深く向き合える瞬間がきっとあります。









