病理診断書や報告書には、たくさんの情報が詰まっています。
でも、それを作っている病理医という存在自体、医療の世界でも認知度が低いのが現実です。
「医者ではない」と思っている医療従事者もいるくらいです。
確定診断という重要な仕事を担っているのに、診療報酬も見合っていない。
病理医である私が言うのもなんですが、正直そう思います。
よりか先生あ、ちなみに「白い巨塔」の大河内先生は病理医なんですよ!
さて、先日のブログで「病理診断書や報告書を主治医に向けて念を込めている」という話を書いたところ、こんなコメントをいただきました。
「念を込めるだけ?もっと指示は出さないんですか?」



なるほど、鋭いご質問です。
いつもありがとうございます。
このことは、病理医としてのスタンスや専門分野によってかなり違いがあると思っています。
私は乳腺専門で、日々たくさんの乳腺検体を見ています。
だからこそ、癌が含まれていない検体を見たときに、「もしかして、かすったのかも…」と思うこともあります。



でも、「先生、かすってますよ」とは書けません。
書けるのはせいぜい「病変部が含まれていない可能性があります。必要に応じて再検を検討してください」くらいです。
ただ、この一言すら余計だと思う病理医もいます。
診断書を見て、「癌がなかったんだ、よかった」と判断するか、「いや、絶対あるはずだからもう一度トライしよう」と判断するかは、あくまでも臨床医の責任だと。
そのように考える病理医の方が、断然多いです。
病理診断書は、プレパラートで見えている範囲のことしか書けません。
「小葉癌みたいにぱらぱらしてるのに、乳管癌でしかもエストロゲン陰性って……病変の範囲ちゃんとわかる?大丈夫?」
「まさか部分切除なんて勧めないよね?画像、ちゃんと見てよ!患者さんとしっかり話し合ってよ!」



本当はこのように書きたいところなんですが。
私の脳内では、その症例の手術後の検体像がふわっと浮かんでくるんですが、それはあくまで私の妄想。
「画像で見えない範囲まで広がってるかも」
「ホルモンレセプターも出てないし、厄介な癌かも」
このように思ったとしても経験からくる直感であって、診断書には書けないのです。
ただ、もし病理外来があって、主治医から「患者さんに事実として説明してもいいよ」と許可をもらえたら、私は直接お話しすると思います。



でもこれやっぱり主治医の許可が必須なんですよね。治療もフォローも、すべて主治医ありき。
話のわかる主治医ばかりじゃないし、病理医側もいろんな人がいます。
だからこそ、良好な関係が築けていないと病理外来はなかなか難しいなと感じます。
ちなみに先日、検査センターに出してくださっている内科の先生とお話ししたのですが、開口一番「いつも的確なご診断をありがとうございます!」と言われて、ちょっとびっくりしました。
「いつもお世話になっております」という入りが多いので新鮮に感じ、「京都の人かな?」って思ってしまいました。
病理診断書に書けることには限界がありますが、私は少しでも患者さんの治療の助けになるように、これからも念を込めて書いていきます。









